2026/01/10 13:58

  人生においては出逢いが行動に駆り立てるものかもしれないとつくづく思います。人や書籍、事物など様々な遭遇は限られるものではありますが、その影響は伏流水のごとくやがてどこかで湧き出るものではないでしょうか。

 十一歳の夏休みの折、京都の親類に数日厄介になりました。ある日、家人に連れ出され市中を回り、本屋に立ち寄って買い与えられた本は少年少女文庫の『海援隊長坂本龍馬』でした。この本は夏休みの宿題である読書感想文の好材料になり、嘗て海軍兵曹長だった担任の先生が気に入ったのか、私の物だけが給食時間にクラスの優等生の女子によって朗読され、全校放送されました。内容は記憶にありませんが、私にとって英雄である龍馬は思春期の自身の中に深く潜在し、秘められたものでした。それが、十七歳の時、司馬遼太郎の『龍馬がゆく』が発刊され、いきなり大切なものが暴かれたような衝撃を受けました。それでも気づけば衝かれたように、全五巻を舐めるように一気に読了していました。龍馬の語録に影響され多少向学心が沸いて、野球に明け暮れていた青年の心を揺さぶりました。とりわけ、「世に生を得るは事を為すにあり」は命題になりました。 

 

 学業を終え家業を手伝うために帰った有田は古伊万里ブームで空前の景気に沸き、そのきっかけは「古伊万里の里帰り展」が全国各地で開催されたからでした。この時代に官民挙げて江戸期の有田焼の研究が進みます。これを横目で見た私は後塵を拝するのは嫌で、手つかずの分野はないのかと、探していた矢先、郷土史家による労作『有田陶業史明治編』が上梓されました。この書籍に触発され、海外からの明治伊万里の収集に没頭し、その研究は私のライフワークになりました。とは言え、ビジネスのために海外のオークションでは、柿右衛門様式の金具付一対の花瓶を当時和物の最高価格で競り落としたりもしました。一億円を超える買い物でしたが、オークションの様な修羅場での出逢いは確かに真贋を見極める目と度胸を養ってくれました。

 当時のアカデミーの世界では近代の工芸を研究する者は異端者でしたが、多くの物を身銭を切って収集してきた者として良いものは良いと云う自負を持っていました。

 

 万国博覧会の花と謳われた明治伊万里には、江戸期の古伊万里や「柿右衛門」、鍋島とは違う、意表を突く様式美があり、文様や細工の冴えがあります。

 陶磁器業界に入って四十年になりますが、明治伊万里と私はどちらからともなく引寄せられ、いまだに時折胸騒ぐ出逢いと驚きの瞬間があります。

 くしくも、来年は明治百五十年です。明治伊万里はやっと評価され、研究の俎上に上がったばかりです。一昨年から全国七か所で「明治有田」の巡回展が開催され、多くの人を魅了してきたことでしょう。開催にあたり、拙著『幻の明治伊万里 悲劇の精磁会社』(日本経済新聞社刊)も多少のお役に立ったのであれば、光栄なことでした

 最近の有田焼は無国籍の、感性だけの利便性に特化したようなものが横行しています。この様なものが長続きした試しはありません。

 伝統は存続すべきものであり、忘れ去るべきものではありません。和食は世界文化遺産にも登録されました。これは中身だけでなく日本的な美意識による見立ての取り合わせを装う空間の室礼や器物も含まれています。今こそ固有の様式美を誇る有田焼のみならず伝統的な器物存在感を示す時だと考えます。ちなみに海外への紹介はトータルでのプロデュースが肝要であると考えます。

 そのような中、需要の喚起を促すためにも、国内では伝統的和食、とりわけうなぎ業界の丼の見直しが見られることは有難いことです。漆文化である本物の「お重」共々、宜しくお引き立て

をお願いしたいものです。