2026/01/11 16:07

蜂龍盃
昨今は空前の日本酒ブームである。
一頃は焼酎に押され、青息吐息の造り酒屋もあったが日本食がユネスコ無形文化遺産になったことも拍車をか
けているのだろう。
当地佐賀の酒は以前から定評があり、西の横綱となぞらえられたこともあり、別格の超然たる銘柄もある。
日本食が世界に広まるにつれ、近年では醸造部門の世界審査では二度も佐賀の酒がグランプリに輝いた。
ちなみに佐賀県は「乾杯条例」なるものを制定し、県下の会合の席上では「日本酒」で乾杯することが定めら
れている。
さて、豊葦原瑞穂国の民である以上、ワインだのウィスキーだのと御託を並べても、当方も歳をとるに従い、
遺伝子には争えない。
御多分に洩れず日本酒に回帰してきた。
そういえば、学生時代に「熱燗徳利の首つまんで もういっぱい如何なんて 妙に色っぽいね」などという
歌が流行ったが、恋人同士の差しつ差されつという光景は今でもあるのだろうか。
徳利の「はかま」や「盃洗」なども見かけなくなった。
火鉢が家にあった頃は薬缶で燗付け付けして呑んでいたものだ。
振り返れば茶の間の酒文化にノスタルジーを感じるようになった。
ところで日本酒を呑むなら酒器こだわりたいと家にしまい込んである代々の道具を探してみると、如何にも曰くがありそうなものを見つけた。
小ぶりの「猪口」と呼んだ方がいいだろう、高台がついた盃である。
染付の「蜂と龍」が繊細に描いてある。蜂は見込みに細かく、龍は外側から雲を縫って、内側に入り込み頭部を覗かせている。
精緻な運筆と磁器だからこその軽量な細工には品格が漂っている。
呉須の色合いは天然釉によって生地に染み込ませている。
物の本によると江戸時代に酒合戦が行われ、負けた方は勝者から、由緒ある秘蔵の「蜂龍盃」(七合も入る、恐らく漆器の大盃と思われる)を収奪されたらしい。
また、今の銀座八丁目あたりに近代の大茶人と云われた増田孝こと鈍翁が後援した「料亭蜂龍」があった。
最近は気の利いた磁器製酒器も見かけなくなったので、生来の復刻癖が頭をもたげ、明治期に拵えられたに違
いない「さす のむ」の寓意の「蜂龍盃」を手造り手描きにて製作することにした。
有田焼本来の泉山の原料ではないが柞灰釉をかけて、当方は下戸ではないが量よりも質で味わい深い淡麗辛口の特別純米酒を堪能すべく少し大振りに拵えた。
感性だけのモノづくりではなく、ストーリーがある古典に学び、伝統技法を駆使し、現代に見合う機能性を具
備することを心がけたい。
近代化に抗い、西洋文化とせめぎ合った江戸の風情を持った明治人の気骨に学び、根拠なき発展進歩を嘯くよりも地道な存続に軸足を置き、今日的課題である「成熟した文化」を目指すことは意義深きことなのではない
だろうか。
新春を寿ぎ、先ずは銘酒を名器でいただき、日本酒の周辺文化も取り戻していきたいものである。

