2026/01/12 21:38


 有田町に県立九州陶磁文化館が建設された契機になったのは、蒲原権翁が私財を擲って収集した古伊万里の寄贈であった。


翁は長崎高商 (後の長崎大学)卒業後、就職された三井物産で、上司から尋ねられた故郷の有田焼について不明であったことを恥じ、その後収集を通じて猛烈に勉強されたそうだ。


戦後、隣県の佐世保市で創業されたが、ある時、旧東ドイツのドレスデンから里帰りした古伊万里の沈香壼に描いてある元禄美人が彼の夢枕に現れ泣きしおれている。


「どうして泣いているのか」尋ねると、「折角里帰りしたがまた戻らねばならない」と。


翁は東西文化交流史や貿易史上、特筆すべき古伊万里の欧州への輸出は日本にとっても、有田にとっても、集して全貌を明らかにする責任を感じられていた。


その折も折、欧州の古美術市場に古伊万里が散在することを知り、夢枕の美人にもほだされ、愛郷心も高じて自ら欧州各地を回り購入し、有田町に100有余点を寄贈されたのである。


町の美術館に収めきれない程のものであり、新たな観光拠点の呼び水にもなるという要請が町内外にあり、


九電をはじめ九州管内の有力企業の寄付を募り、九州域内の陶磁器を網羅した県立美術館として開館したのだ


った。

そして何と言っても、この美術館の呼ぴ物は有田町から寄託されたばかりの蒲原コレクションに他ならなかっ


た。

 

蒲原翁は粋で芸達者な方であった。


小唄仲間で友人の十三代柿右衛門氏の誕生祝にと、小唄を作詞し、小唄の師匠に作曲させたものが遺されてい


る。

 ユーチュープで「名工柿右衛門」と検索すれば蒲原翁がご健在な折に地方のテレビ局で収録した自演の小唄


を聴くことができる。


「年木の山の秋深み 夕日に映える 柿の色 見上げる眸 炎と燃えて 狂う炎に赤絵の花が 咲いて嬉しや染錦 花咲


か爺ではないけれど あれは名工柿右衛門 国の宝じゃないかいな」


 色絵磁器の創始は柿右衛門によると云われるが、粒々辛苦して色絵の開発に成功した「物語」はサミュエ


ル・スマイルズ著「西国立志編』(中村正直訳)に出てくるフランス人陶工ベルナール・パリッシーの話が下


敷きになっている。


大正元年(1912)、十一代片岡仁左衛門による「名工柿右衛門」 が演じられ大ヒットした。


この演目の脚本を書いた榎本虎彦の創作に基づき、さらに友納友次郎によって戦前の尋常高等小学校の国定教


科書の内容は作成された。

 

ともあれ、世界に知れ渡る柿右衛門の名作は蒲原翁が小唄を自ら作るほどに古伊万里の中では抜きん出てい


る。

 

 伝統的な様武美を存続するための潤色は歴史や古典を正確に知悉した上であれば許容範囲である。

 

近年、筆者のもとに柿右衛門作の銘が入った大皿がアメリカから里帰りした。柿右衛門の成り立ちが書かれた


「製陶の図」の「賛」は怪しい。柿右衛門は外部から有田に移住したもので、書かれている天正年間


(1573〜1592年)にはまだ存在しない。


白磁を創始した、とあるがこれも今の定説は朝鮮の役で渡来した李参平による白磁鉱石の発見を嚆矢としてい


る。

 この色絵磁器の見どころは、四十三名の男女がそれぞれ分業して立ち働いている窯場が色艶やかに詳細に且


つ正確に描かれている。


中には主と思しき人が来客を迎えている。


着飾ったご婦人が釉薬をかけているが何かお祝い事であったのだろうか、寸暇を惜しんで仕事している


慌ただしさまで感じる情景だ。

 

年代は幕末と推定される。輸出品であったと考えれば、柿右衛門窯のこの鳥瞰図は定めし宣伝ポスターの代わ


りにでもしたのだろう。

 

焼き物ができる工程を描いて、手間暇のかかるものであることを強調したかったのかもしれない。


これだけの職人を抱えて土作りから成形、絵付け、窯焚きまで一貫して工場を形成している窯は外山の柿右衛


門を於いて他になく、この頃は隆盛を誇っていたのだろう。


有田の中心地を内山と呼ぶが、窯場が点在するこの地域でさえ完全分業で土づくり、成形、絵付けは外注であ


り、は「もやい窯」と言って共同で使用していた。

 

いずれにしてもこの色絵版「職人尽くし皿」は柿右衛門の存在価値を高める確かな証明である。


想像に任せて創られた柿右衛門像が小唄になるほどの情感豊かな感性が失われつつある現代に、


この大皿の具体的な資料価値は増すに違いない。

 

翁の実家は「赤絵町」にあり、目と鼻先で生まれ育った筆者は蒲原翁と焼き物談議によく耽ったものである。


この大皿にどのような感慨を持たれるか、お見せしたかった。

 https://youtu.be/LPOlc-Y7Dt8?si=C35-8PCbxXk8kxyT


                       

 


10 色絵柿右衛門窯場風景図大皿(表) 酒井田柿右衛門作 19世紀 サイズ:61cm