2026/01/14 14:07


思いたって、昨年有田町の西方、日本棚田百選にもなっている「岳の棚田」で米作りに挑戦し、無事収穫した。味をしめて、本年も田植えが間近に迫ってきた。
我々の先祖は農耕民族であり、「秋津洲瑞穂の国」と称される民の一人として一生のうち一度は体験したいとかねがね願っていた。私を誘った常連にしている散髪屋の主人は私よリ一年先行して始めていた。
話を聞いてみると、田んぼは無償で貸してくれるし、篤農家の方の懇切な指導があり、耕運機なども貸与がある。さほどの労力もいらないと甘言に乗じて始めた。聞くと実際にやるとでは大きな違いがあったことは言うまでもない。
さて、本年も二月の「田おこし」から例年通りに作業を開始していたが、この開闢以来の国難である新感染病コロナの襲来である。
百年以上続いてきた恒例の「有田陶器市」も延期 (事実上の中止)になり、思考の時間が増大した。
大自然は多くの事を学ばせてくれる。私は文明の自然軽視による報復なのではないかと考える。
まさに因果応報である。
翻って、自然相手の農業は人を肉体から思考まで鍛え抜いてくれる。
機械化されたというものの大自然は甘くない。
やはり、自然に対する畏怖の念は常に付き纏い、ある種の覚悟が伴うものである。
秋までの収穫の間、時に風雨に晒され、病害虫もやり過ごして、本当に運良く進抄したと言う他ない。
今、全国の棚田を抱える農家は担い手が減少し、耕作放棄地は増え、棚田の防災効果や景観も損なわれつつある。
一極集中型の都市を是正し、地方分散の新たな国づくりも考慮する必要が叫ばれる中、つい先日も都会を離れ、地方移住を考える人が増え、地方自治体が受け入れ体制を強化する旨、報道されていた。この棚田の活用もぜひ併せて講じて欲しいものである。
本業はと言えば窯業も未曽有の苦境に立たされている。細やかではあるが、田畑に関わりつつコロナ後の物づくりの糧も大地から探っていくつもりである。
素朴で味わい深い初期伊万里などは半農半陶の中で産まれた。
話は飛躍するが、森羅万象を網羅した様な器物がある。
それは「祥瑞」と呼称される様式だ。
この染付磁器の由来は十六世紀末から十七世紀初頭にかけて中国の景徳鎮の民窯で生まれたとか大名茶人であった小堀遠州のプロデュース等、諸説有るが、「喜ばしい兆し」の意味が含まれている。
また銘款の「五良大甫 呉祥瑞造」は謎に包まれたままだ。
目に見えない「運気」まで図案に取り込んだ吉祥文様で有ることは間違いない。
伝統工芸の未来を見据え、災いを転じて福となす人工の限りを尽くしたこの「祥瑞」の細密画を活かす少量高品質の陶磁器も再現したいと思う。
新生活様式を実践するために防疫上、三密を避け、運動不足を解消するために棚田の空き地に米作りと併せて更に野菜作りも始め、トマト、胡瓜、南瓜、サツマイモの苗を植え込んだ。
世話は増えたが、豊かな自然の恵みを今から楽しみにしている。
細工は粒々、仕上げを御覧じろ、と云った疫病を超克せんとする今日この頃である。

