2026/01/28 17:21

『染付竹に雀図有蓋大壺』藤崎大平作 肥前有田磁器 明治初期
2018年は明治百五十年と云うことで私の住む県や町ではいろいろな催しがありました。
有田町も明治はターニングポイントで振り返るべき節目の時代であり、今と将来を考える上で大きなヒントをいただきました。歴史や伝統のある地域に住むことはありがたい事です。
この二年前には有田焼創業400年祭もありました。この事業は行政が主導し二十数億円も予算をかけ、沈滞する窯業を拙速で再生すると云う愚かな功名に逸る意図がありました。具体策は大上段に振りかぶり過ぎて、画竜点睛に欠けました。たとえコロナ禍がなくても時間が経てば経つほど費用対効果が薄らいで行っています。
さて、明治といえば手を伸ばせば届く距離にあります。私の視点からは曽祖父が活躍した時代です。嘗て両親や諸先輩などからも話を聴くことができました。有田町ではこの事業を民間に託しました。
先ず着手した事は我々の先達を振り返り「明治有田偉人博覧会」と名打ち事業を展開しました。
有田の街並みは国の伝統的建造物群保存地区に指定されています。通りは毎年春の陶器市で百万人の人が訪れます。軒を連ねてある商家のウインドウに約50人の、明治から今日までの偉人の肖像と事績を表したパネルを設置しました。
それから主だった催しを挙げると、幕末から明治にかけて北前船が舶載した有田焼と北海道の郷土料理である「三平汁」との関わりを解説し、実際に調理して試食会を開き、料理を盛った「膾皿」を再認識しました。
お椀の形をした風化しそうな名物だった「茶碗最中」の中身をアレンジして新たな銘菓にしようと試みました。懇談会を開き、子孫に話を伺い、焼き物の発展に陰で貢献した女性の存在も明るみに出ました。
とりわけ、事業の悼尾を飾ったのは「伝えよう私のルーツ」を開催したことでした。町内の小学校6年生に自身の先祖を語ってもらう事業です。作業は語りのプロである郷土出身のNHKの方による「先輩の授業」を子供達に受けさせました。
親や先生も手伝って不安と期待が入り混じりながらも作文が出来上がり、いよいよ町の大ホールで発表会が開かれました。
その出来栄えに後評した私も聴くにつれ、込み上げてくるものがあり一瞬不覚にも絶旬しました。
他の後評者も同様に言葉がうわずり高揚されたように見受けました。
これは窯業関係のみならずいろいろな職業を通じて社会に関わってきた先祖が単に私のルーツでなく、私たちのルーツでもあり、共有することができたからだと思います。
図らずも私のルーツに私たちの視点が入ったことが大きな成果でした。
この事業は昨年末も3回目が開催されました。恐らく、継続されていくことでしょう。
コロナ禍が象徴的ですが、災害が多発し、人口減少、少子高齢、デジタル化が進む大変革の時代に突入しています。このような時こそ、私の視点と私たちの視点のシンクロした価値判断が重要だと子供達が教えてくれます。有田焼が分業で成り立っているのは自明のことです。それぞれの役割に適材適所の人材が配置されたときに町は栄え、名品が生まれました。完成された絵付けやろくろ成形、窯焼成だけでない背景には表立って見えない重要な部分が多数あります。
子供達と私達が共有した、「愛することは知ることである」、「ワンチーム」、「一隅を照らすこれすなわち国の宝である」という理念は、窯の火を消すことなくあらゆる物づくりに生かされねばなりません。私自身は、これから何を成すかを問う以上にどう生きるかが大切だと思い知りました。
基礎体力を継続するために古人の善きルーティンを身につける事も肝要かと実践しています。1日一万歩を目標にウォーキングをすることや家でする筋トレはその一部です。今年で3年目を迎える絶景の棚田での米作りはいよいよ佳境に入ってきました。秋津洲瑞穂の国の民であることを感謝しつつ、私たちのルーツを辿り、私のできることに限りなき挑戦をしていきたいと願う春風駘蕩の今日この頃です。

