2026/01/30 16:42
空が白むのを待たずに鳴き始めるホトトギスの声を聞く季節になった。
うるさいなどと質沢を言うものではないと、分かる歳になったが、急かされて頭が痛いのは原稿の締め切りだけではない。
3年前から標高400メートルの棚田で稲作りに勤しんでいる。このホトトギスの声はモノの本によると田植えを促しているそうだ。原稿に向き合っている今日、六月五日は二十四節気の九番目の芒種である。種を蒔く、又は苗を植える時節到来ということだ。
今年はこれまでの田んぼの4倍の広さを耕作している。永年耕作放葉した土地を耕し、水を引き「代かき」の行程に差し掛かっている。
「代かき」というのは水を入れ、土を引っ掻き回し水底をフラットにして田植え本番に備える骨の折れるひと手間である。耕作放葉が何年も続くと棚田はモグラが穴を掘り、いくらしっかり耕したからといってもうまく溜まってくれない。
穴を塞ぐにしても水の浸透が田に行きわたらねばならない。今年の梅雨入りは早かったが、「代かき」する頃は晴れ間が続く異常気象である。しかし運良く、集落全体の棚田に一斉に水を引き込む日を挟んで、二日続きのまとまった雨が降った。此れで代かきができると胸を撫で下ろし、水を満々と湛えた田んぼの様子が夢にまで出てきて、その上、ホトトギスの鳴き声で睡眠不足になった。
翌期、眠い目を擦り水田に足を運ぶと、なんと半分も水は溜まっていないではないか。やはり、モグラの穴から水漏れしたのだった。それでも、他所から土を持って来て穴を塞ぎ、慣れないトラクターを操り、夕闇迫る棚田はようやく水が溜まり出した。水のありがたさを肌で感じた一瞬であった。作物を作るには何がなんで
も水の安定供給が必要なのだ。
そこにカラスが飛んできて目の前を右往左往して耕した田んぼの隙間から虫を啄み、時々こちらを窺っている。トラクターに乗っているので危害が及ばないと、たかをくくっているのかもしれない。カラスとの共存共栄である。お願いだから稲田の隣の畑に栽培しているキュウリに、今年はチョッカイを出さないでくれと言った。カラスは愛嬌者だが、田んぼを蹂躙するイノシシは強敵だ。3メートル以上もある直立した石垣を「義経のヒヨドリ越え」の様に駆け降りてくる。彼らは歓喜しながら泥浴びし、おまけに糞尿をまき散らして、狼藉の限りを尽くす。棚田は決して難攻不落ではなく、撃破するには電柵を張り巡らし備えねばならないのである。
この「岳の棚田」は日本棚田百選に認定された四百年の歴史があり、東に向かって遥かな山並みの美しい眺望がひらけている。陶郷有田を限下に望み、山頂は国見岳というだけあって「かまど」の煙ならぬ登り窯の立ち登る煙が嘗ては見えたかもしれない。創業時の有田郷は半農半陶であり、農業の合間に焼き物を焼いていた。この豊かで厳しい自然環境はものづくりの伝統も培ったに違いない。その後、陶磁器専業の人々にとって、大地から育まれた思想は名器を生み出す源流になり発展していったのである。

「色絵南画図三足飾り皿 高柳快堂作」白川学校製の銘あり
まさしく、「器物は人の思想を写すものなり 名器を作らんとすればまず自身の高尚の思想を養うべし」という名言が生まれたのである。不要不急の文化であるが、縄文の時代から受け継がれる土と水と風と炎との奮闘から生まれた陶磁器の存在を軽んじてはならない。
多事多難な時代だからこそ、伝統文化の成り立ちに想いを馳せ、暮らしに潤いを持たせ、生かさねばならない、と考えるのである。

