2026/02/02 13:15

 

 明治百五十年ということで、各地でイベントが執り行われている。佐賀でも「肥前さが幕末維新博覧会」が春先から開幕して賑わいを呈している。

 昨今の世情はセクハラやら、パワハラなど各界におけるリーダーの劣化が指摘されていて、主に人間性への疑間だと思われる。その地位にあれば、それなりの人格が求められるのだが気品のかけらもない。要するに尊敬に値しないものが指導者でいる以上、後継者も育たない訳である。

 

この博覧会も明治期に活躍した、時代のリーダーであった偉人の顕彰に尽きるのだが、私は明治期の芸術家に思いを寄せたい。

 

 先般、上京の折に生誕百五十年横山大観展を鑑賞してきた。「気韻生動」という言葉がある。広辞苑を引くと「絵や書などで、気品がいきいきと感じられること。」とある。或る作品の前にたたずんで込み上げてくるものがあり、立ち去りがたかった。

画は人なり、である。各界のリーダーたるものは (大観)を観るべしと思った。

 

さて、書といえばわが郷土の書家には明治期に活躍し書聖と讃えられた中林悟竹、神筆の副島種臣等がいるが現代の愛書家にも広く尊敬されている。

 

又あまりに作品が少なく「謎の南画家」で高柳快堂という人は、明治伊万里の中で先述した通り、 明治初年に有田に招聘され、陶磁器の輸出振興のために一役買った人である。

 

その彼が明治十四年(1881)の内国勧業博覧会に出品したと思われる大花瓶が欧州より先ごろ里帰りした。陶磁器に書や絵画を描くということは尋常ではない。平面ではない花瓶の曲面に三六〇度の絵を描くのである。白磁を薄墨色に塗り、その上から筆を運んでいるのだが、やはり職人の画とは違う「気韻生動」を感じる逸品である。自然を崇敬し、人力の限りを悟ったのが伝わってくる。今ではコラボレーションというが、南画家による有田焼の作品は後にも先にもこれが最初で最後であった。

 

今、有田焼は産業としての発展は見込めない。携わる者が工芸としての有田焼への愛情次第ではより成熟して存続する道は残されている。厳しい淘汰に打ち勝つためにはじたばた目先のことにとらわれず、自身の思想を涵養し、古典を繙き、技の錬磨に励むことに違いない。


「色絵南画大花瓶」高柳快堂陶画 香蘭社製作 明治14年